林家木久扇の落語家としての経歴は、他の落語家とは一線を画すユニークな軌跡を描いています。もともとは漫画家を目指し、政治風刺漫画の巨匠である清水崑に弟子入りしていました。その漫画家修業時代に「人を笑わせる話術」の才能を見出され、落語の世界を勧められたのがキャリアの原点です。
1960年に三遊亭金馬(三代目)に入門後、師匠の他界に伴い、昭和の大名人である八代目林家正蔵(後の林家彦六)の門弟となりました。頑固一徹で曲がったことが大嫌いな彦六師匠のもとで、木久扇は徹底した古典落語の基礎を叩き込まれました。
彦六師匠のモノマネやエピソードは、後に大喜利での定番ネタとなりましたが、根底にあったのは師匠への深い敬愛でした。現在、木久扇自身も多くの弟子を抱える総帥となり、一門には長男の二代目林家木久蔵をはじめ、女性落語家の草分けである林家きく姫、林家きく麿、林家木久彦など、多士済々な人材が揃っています。