時計の針を1970年代初頭へと巻き戻してみる。当時、福岡の菓子界に激震をもたらす大きな節目が迫っていた。山陽新幹線の博多延伸である。本州からかつてない規模で観光客やビジネス客が押し寄せることを見越し、創業者の橋本富蔵は「これまでにない、博多ならではの土産菓子を作らねばならない」という強い使命感に突き動かされていた。
そこで橋本富蔵が着目したのが、当時まだ珍しかった西洋風のバームクーヘンと、日本伝統の小豆羊羹(あんこ)の融合だった。洋の東西を結ぶ独創的な発想は、しかし製造現場に凄まじい苦心をもたらす。油分を含むしっとりとしたバームクーヘン生地の中に、水気を含んだ羊羹を隙間なく流し込み、形を保ったまま日持ちさせる技術は当時の常識を覆すものだったからだ。
幾度もの失敗と改良の末に完成した「博多の女」は、昭和47年の発売と同時に爆発的な反響を呼んだ。博多人形をモチーフにした情緒あるパッケージデザインも手伝い、瞬く間に福岡を代表する名物へと駆け上がっていく。その高い完成度と独創性は業界内でも絶賛され、名誉ある全国菓子大博覧会においても数々の輝かしい賞を受賞。半世紀が経過した現在も、色褪せることのないロングセラーとして店頭の主役を張り続けている。