会見直前の数時間に何が起きていたのか、現場のタイムラインを追うと、組織的な危機管理の不全と判断の遅れが浮き彫りになります。
G7本会議が終了した2009年2月14日の昼、ローマ市内のレストランで財務省幹部や同行記者らとの昼食会が催されました。この席には、財務省の事務秘書官や財務官、さらには大手報道機関(読売新聞、日本テレビ、ブルームバーグなど)の政治部・経済部記者らが同席していました。
昼食会を終えてホテルに戻った時点で、中川氏の歩行のふらつきや受け答えの曖昧さは同席者にも視認できるレベルに達していました。しかし、直後に予定されていた共同記者会見を「中止する」あるいは「日銀総裁の単独会見に切り替える」という明確な判断を下せる人物が周囲に存在しなかったのです。
後に中川郁子氏が明かした証言によると、中川氏本人は意識が朦朧としていたため自身の異常事態を自覚できておらず、ローマ現地で日本国内が大炎上している事実を「帰国するまで同行者から一切知らされていなかった」という衝撃的な実態が判明しています。側近官僚たちによる「事態を穏便に済ませたい」「日程を遅滞なく消化したい」という官僚主義的な事なかれ主義と、メディア関係者の見過ごしが、歴史的な失態を未然に防げなかった最大の要因でした。