「馬子にも衣装」という言葉を耳にしたとき、頭の中に「祖父母が可愛い孫(まご)に晴れ着を着せている姿」を思い浮かべる方が少なからず存在します。しかし、これは明らかな誤認です。漢字表記が示す通り、このことわざで使われているのは親族の「孫」ではなく、かつての日本に実在した職業である「馬子(まご)」です。
馬子とは、中世から近世にかけて街道の宿場などで馬の口を取り、荷物の運搬や旅人の移動を手助けしていた労務者を指します。馬子とはどのような職業だったのかという歴史的背景を辿ると、彼らは日常的に泥にまみれ、粗末な野良着やすげ笠を身につけて過酷な肉体労働に従事していました。身分制度が厳格だった封建社会において、馬子は決して高い身分ではなく、教養や格式とは対極に位置する存在とみなされていたのです。
そんな馬子であっても、華やかな装束を着せてみれば一見して高貴な武士や商人のように立派に見える——これが「馬子にも衣装」の生まれた語源・由来です。つまり、「どんなにみすぼらしい身分の者や、器量に恵まれない者であっても、外見を着飾ればそれなりに立派に見える」という皮肉混じりの人間観察が、このことわざの本質にあります。
文化庁が実施した「国語に関する世論調査」の系譜を追っても、慣用句の語源や意味を本来の文脈とは異なる形で認識している層は世代を問わず一定数存在します。「まご」という音の響きが親しみ深い「孫」と完全に一致すること、そして七五三などで孫を着飾らせる日本の生活文化が重なった結果、重大な誤用が広まったと考えられています。