つけ揚げの歴史を紐解くと、かつての琉球王国(現在の沖縄県)との深いつながりにたどり着きます。琉球には古くから、魚のすり身を油で揚げた「チキアーギ(チキアギ)」と呼ばれる宮廷料理が存在していました。チキアーギの語源は、魚のすり身を油に「突き入れる」動作からきた「突き上げ」が訛ったものとされています。
江戸時代、第28代薩摩藩主・島津斉彬が藩の財政改革や領民の健康増進、さらには高温多湿な薩摩の気候で魚を長持ちさせる保存食として、琉球からチキアーギの製法を導入させました。これが薩摩藩内で改良を重ねられ、「つけ揚げ」として定着したと伝えられています。
つけ揚げの原材料となる魚には、東シナ海や錦江湾で豊富に獲れるトビウオ(トビコ)、エソ、アジ、サバ、スケトウダラなどの新鮮な近海魚が使われます。水揚げされた地魚を素早くすり身にし、薩摩の地酒を練り込んで菜種油でじっくり揚げる技術は、薩摩藩の知恵と風土が融合して完成した傑作といえます。