羽生結弦とバイオリンの幸福な出会いを語るうえで、15歳当時の彼が世界ジュニア選手権を制したサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』を欠くことはできない。目まぐるしく変化するテンポ変化と、狂おしいほどに跳ねるバイオリンの超高音。普通のスケーターであれば音に追い回されてしまうような難曲を、若き日の羽生は完全に自らの手中に収めていた。
弓が弦を激しく叩くスピッカート奏法の音に合わせて、彼のブレードは氷上を軽やかに跳躍した。指導陣や国内外の解説者が口を揃えて驚嘆したのは、彼が音に追従して動作を起こすのではなく、音そのものが肉体化してリンクを駆け巡っているかのような異次元の一体感だ。この十代前半での成功体験が、のちに大人の表現者として開花する強固なバックボーンとなった。