ホンダを世界企業へ導いた参謀・藤沢武夫の哲学と組織戦略の全貌

ホンダを世界企業へ導いた参謀・藤沢武夫の哲学と組織戦略の全貌

ホンダを世界企業へ導いた参謀・藤沢武夫の哲学と組織戦略の全貌の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。

二人の阿吽の呼吸がもっとも鮮烈な果実を結んだのが、今なお世界累計生産台数の金字塔を更新し続ける名車「スーパーカブ」の誕生劇だ。本田宗一郎が「蕎麦屋の出前持ちが片手で運転できるバイク」という過酷な設計思想を具現化したのに対し、藤沢はその図面を一目見るなり「これは売れる。月に3万台作ろう」と即答した。当時、日本の二輪車市場全体でも月産数万台に満たなかった時代に、である。

周囲が狂気の沙汰と息をのむなか、藤沢は三重県鈴鹿市に当時東洋一と称された巨大工場の建設を即断。圧倒的な量産効果によってコストを引き下げ、高品質なモビリティを誰もが買える価格で供給するビジネスモデルを一気に完成させた。

さらにアメリカ進出時、藤沢は大型バイクが闊歩する荒野に「You meet the nicest people on a Honda(素晴らしき人、ホンダに乗る)」という革新的な広告キャンペーンを打った。不良の乗り物というバイクのネガティブなイメージを一掃し、日常の移動手段として再定義したのだ。製品のスペックではなくライフスタイルを売る——このマーケティングの本質を、藤沢は半世紀以上も前に完遂していた。

山口 彩花
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山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。