ルバング島での生活は、常に死と隣り合わせの緊張感に満ちていた。地元警察や捜索隊との衝突で共に潜伏していた戦友を相次いで失い、最終的に彼はたった一人で密林の闇に潜むことになる。戦後、日本から幾度となく派遣された捜索隊や家族による呼びかけ、上空から撒かれたビラは、彼にとって「敵による巧妙な謀略」に過ぎなかった。
太平洋戦争のさなかに受けた最後の上官の命令を守り抜くこと。それが彼にとってのすべてだった。米軍やフィリピン軍が展開する高度な情報戦の一環として日本の投降呼びかけを解釈していたため、どれほど説得の言葉が届けられようとも、彼は警戒を解くことがなかったのである。この固い決意と強い猜疑心が、結果的に彼の命を長年にわたって守り抜く盾となった。