従来、お市は乱世に翻弄された受動的な女性として描かれがちだった。しかし、近世文書や宣教師ルイス・フロイスの記録などを丹念に紐解くと、まったく異なる人物像が浮かび上がる。彼女は武家の意志を強く体現した、驚くほど自立した政治的知性の持ち主だった。
信長にとって、お市は単なる血縁者ではなく、近江外交を円滑に進めるための最高度の政治的カードだった。お市自身も小谷城内において独自の交渉ルートを保持し、浅井家の家臣団や領民から絶大な敬愛を集めていた。信長が送る手紙の端々からは、お市の判断力を対等なパートナーとして頼りにしていた形跡が見て取れる。権謀術数が渦巻く戦国期において、彼女の発言力は一城主にも匹敵する重みを持っていたのだ。