過激なパフォーマンスや社会への反逆というイメージが先行しがちだが、彼の真骨頂は間違いなくその繊細極まる言葉選びにある。日本語の響きを巧みに操り、抽象的な感情を具体的かつ鮮烈な情景へと昇華させる手腕は、一流の詩人のそれだ。
「僕が僕であるために」で歌われる自己の証明、「FORGET-ME-NOT」に漂う刹那的な美しさ。彼の言葉は、単なる愚痴や不満の吐露ではない。孤独の深淵をじっと見つめ、そこから一筋の愛をすくい上げようとする必死の試みだ。だからこそ、時代がどれほど移り変わろうとも、その歌詞は風化することなく、読んだ者の心に深く刺さり続ける。