1871年(明治4年)、新政府は日本の統一通貨制度を定める歴史的な法令である「新貨条例」を制定した。この画期的な改革の裏には、大蔵省(現在の財務省の前身)で中心的な役割を果たした大隈重信や、官僚として制度設計に深く関与した渋沢栄一らの緻密な先見の明が存在していた。
新貨条例の制定と同時に、大阪には最新鋭の鋳造設備を備えた造幣局が設立され、統一規格の美しい硬貨が次々と作られていった。日本の貨幣史において、伝統的な「両」から国際的に通用する「円」への移行は単なる名称変更にとどまらない。それは、日本が近代金融システムを構築し、グローバル経済へと足を踏み入れた瞬間であった。